【中編】SAA新理事長 鈴木周一氏 インタビュー:国際ビジネスの第一線からササカワ・アフリカ財団(SAA)へ

2025年5月28日
左から睦好事務局長、鈴木理事長、アミット会長、北中顧問
左から睦好事務局長、鈴木理事長、アミット会長、北中顧問

国際ビジネスの第一線からササカワ・アフリカ財団(SAA)へ

 

一見すると、商社でのグローバルなビジネス経験と、アフリカの農業を支援するSAAの活動は異なる領域のようにも映ります。
しかし、インタビューを通じて浮かび上がってきたのは、「社会に役立つ事業を、現場で着実に進めていく」という、一貫した価値観でした。理事長としてSAAに加わった今、その歩みと想いがどうつながっているのかをお伺いしました。

「社会貢献」と「事業推進」この二つはどのように両立しているのでしょうか?

「どのような事業であっても、それが社会に貢献するものでなければ行わない。」
これは、私が長年所属していた企業グループに根付く基本的な姿勢であり、今も私自身の行動指針となっています。「自利利他 公私一如」という価値観は、SDGsやマテリアリティといった概念が語られるよりも以前から、企業文化の根底にありました。

2015年以降、マテリアリティ(重要課題)を明確化する動きが進み、新規事業を立ち上げる際には常に「この事業は社会にとって意味があるのか?」「我々の掲げるマテリアリティに整合しているか?」という問いを立てる文化が根づいていました。利益だけでなく、地域や社会、ステークホルダー全体にとって価値あるものであるかどうかを、第一に考える。そうした風土の中で仕事をしてきたので、私にとっては「事業の追求=社会貢献」であるという感覚につながっています。

― エネルギー分野における社会的責任とは?

私が長らく携わってきたエネルギー業界においても、社会的責任を問い直す局面が幾度もありました。特に2015年のパリ協定以降、CO₂削減への関心が徐々に高まり、2019年頃からは「脱炭素」が業界全体の喫緊のテーマとなりました。その中で私たちは、「私たちの事業は社会にどう貢献し得るのか」という問いに、改めて真剣に向き合うこととなりました。

再生可能エネルギーへの移行は理想ではありますが、一朝一夕には成し得ません。エネルギーは社会にとって不可欠なインフラであり、その供給なくして社会と経済は成立しないという現実があります。その中で、CO₂排出が比較的少ない「ガス」を当面の現実的な選択肢として位置づけ、その最適活用を進めてきました。

同時に、水素やアンモニアといった次世代エネルギーへの取り組み、制度整備や技術開発を通じて中長期的な脱炭素に貢献する体制づくりを進めてきました。ガスを扱う立場にあったからこそ、エネルギーの安定供給と社会的価値の両立をどう図るか、深く考える機会に恵まれたと思っています。

― パンデミック下で実感した「エネルギー供給の責任」

私が異動した後には、新型コロナウイルスが世界を覆い、各国で経済活動の停止が余儀なくされました。LPGは都市部だけでなく地方の家庭や病院にとっても生活インフラの要です。その供給が止まれば生活が成り立たなくなります。私たちは日々出社し、感染対策を徹底しながら供給体制を維持しました。特に、輸入されたLPGを受け入れ、貯蔵、配送するという一連の作業は、パンデミック下においても決して止めることができない、まさに「エッセンシャルワーク」そのものでした。

この経験を通じて、エネルギー供給の責務は単なる業務遂行ではなく、社会の基盤を支える行為であり、SDGsの目標の一つである「すべての人々にエネルギーを」の達成に向けて、CO₂削減という長期的課題に取り組みながらも、目の前のエネルギー需要に確実に応え続ける。その両立こそが、現代のエネルギー事業者の使命であると、強く感じた次第です。


坂本龍馬が創設した「亀山社中」跡(長崎)前での記念写真

― SAA理事長のポジションに歩みを進められた背景は?

前職を退いた後の約二年間は、ゴルフや旅行、音楽などを楽しみながら、いわゆるリタイアメントライフを満喫していました。これからは穏やかな日々を過ごしていくのだろう――そう思っていた矢先、現在のポジションのお話をいただいたのです。

最初は正直、軽い気持ちでお話を伺っていました。しかし、資料を読み込み、活動内容を知るにつれて、SAAの取り組みが理念や理想論にとどまらない、実践的な現場主義に根づいた活動であることが分かりました。「なんとなく良いことをしている」のではなく、明確な目標を掲げ、結果を出す姿勢に共感を覚えたのです。

― 三つの大きな壁

このお話を引き受けするにあたって、私の中には三つの大きな壁がありました。

一つ目は、これまでとはまったく異なる領域であるという点です。私は40年間、収益性を追求するビジネスの世界に身を置いてきました。しかし今回求められるのは、営利ではなく、「限られた資金をいかに有効に使い社会に還元していくか」ということ。これは思考のスイッチを切り替える必要がありました。

二つ目は、地域的な違いです。これまで中東、東南アジア、アメリカ、ヨーロッパといった地域で仕事をしてきましたが、アフリカについては、間接的に関係があった程度で未知の領域です。

そして三つ目は、農業そのものが、私にとってはまったくの新しい分野だということです。これまでのキャリアで関わったことのないテーマに挑むことへのためらいも正直ありました。

― これらの壁を乗り越えた要因は何だったのでしょうか?

しかし、その中で唯一共通点があると感じたのが、「エネルギーと農業はいずれも、人々の生活に不可欠な基盤である」という点です。エネルギーを供給すること、そして食料を供給することは、人が生きていく上で最も基本的な事業であると。そこに接点を感じました。一見、ビジネスとSAAの活動は対照的に見えるかもしれませんが、その根底にある「社会に貢献する」という精神には一貫したつながりを感じました。

人と出会い、組織を知る——アミット・ロイ会長との時間

3月末から2週間、SAAの会長であるアミット・ロイ氏が来日され、密度の濃い時間を共に過ごしました。さまざまな場面での意見交換に加え、週末にはプライベートな食事をご一緒するなどじっくりと対話を重ねることができました。アミット会長の人柄は非常に温厚で、同時に現場への強いこだわりをお持ちでした。抽象論ではなく、実行と成果を重視する「ハンズオン」の姿勢は、私自身が大切にしてきた信条でもあります。また、「人に優しく、仕事に厳しく」という組織運営の姿勢も、深く共感するところでした。

SAAの未来、そしてアフリカの農業が果たすべき役割について語る彼のビジョンにも、大きな納得感がありました。こうした信頼できるリーダーと共に、SAAを前進させていけることを、とても心強く思っています。

― SAAスタッフとの出会い

まだアフリカ各地の職員の皆さんとお会いできているわけではありませんが、これまで接した東京事務所の方々やオンラインで話をした現地スタッフからは、現場に真摯に向き合う姿勢と、プロフェッショナルとしての誇りを強く感じました。

アミット会長との対話や、現場で働くスタッフとの出会いを通じて、SAAのビジョンと現場力を肌で感じた鈴木理事長。これまでの自身の経験と重ね合わせながら、「人」の力の重要性について語ります。

― 最終的に問われるのは「人」

どれほど優れた制度設計があっても、それを動かすのは「人」です戦略も、現場も、実行するのは一人ひとりの志と熱意。同じプロジェクトでも、関わる人によって成果は100にもなり得れば、50や40にとどまることもある。

「事業は人なり」。これはビジネスの世界でも、そしてこのSAAの活動の中でも変わらぬ真理だと感じます。信頼できる人材を育て、共に歩む仲間を増やすこと。それが、今後のSAAにとって最も大切な投資であり、最大の可能性だと考えます。

【後編】SAA新理事長 鈴木周一氏 インタビュー:信頼が導く未来 ― 人とともに歩むアフリカ農業支援のこれから
【前編】SAA新理事長 鈴木周一氏 インタビュー:国際ビジネスの現場で培った40年と、今につながる“利他の精神”

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