【前編】鳥取大学農学部 西原英治教授にお聞きしました~バイオ炭のポテンシャルとアフリカでの普及可能性~

2023年4月20日
鳥取大学西原教授(左上)とSAA事業部メンバー 対談の様子
鳥取大学西原教授(左上)とSAA事業部メンバー 対談の様子

昨今、環境再生型農業は、土壌を再生させ、気候変動の緩和にも寄与する可能性により、欧米を中心に世界的に注目を浴びています。また、日本でも、環境意識の高い層を中心に、有機農業の先を行く新しい農業の形として関心が高まっています。SAAは2021年から、土壌劣化の著しいアフリカにおける農業開発の新たなアプローチとして環境再生型農業を事業の柱として掲げています。しかし、土壌の肥沃度が圧倒的に低く、化学肥料の投入量が先進国に比べ1/10以下ともいわれるアフリカの小規模農家に「環境再生型農業」への移行を促すには様々な課題があります。

「バイオ炭」は、土壌改良資材として日本では古くから使用されてきましたが、現在、国際的にも農地へ施用することで、土壌の透水性、保水性、通気性を改善するだけでなく、炭素を土壌中に貯留し温室効果ガスを削減する気候変動対策として注目されています。今回は、SAA事業課長の菊池(写真右上)が中心となり、事業課職員が、ウガンダのマケレレ大学と共同でバイオ炭の実証研究をしている鳥取大学農学部の西原英治教授にお話を伺いました。

西原英治教授(鳥取大学 農学部 生命環境農学科 国際乾燥地農学コース)

博士(農学)。米国・アイオワ州立大学農学部を卒業後、鳥取大学大学院連合農学研究科修了。国立研究開発法人・農研機構農業環境変動研究センター(旧 農業環境技術研究所、新潟県園芸研究センター)などを経て2006年より現職。連作障害、いや地現象、アレロパシー、バイオ炭の研究を行う。


アフリカの酸性土壌にこそ効果的なバイオ炭

菊池:西原先生がバイオ炭の研究を始められた経緯を教えてください。

西原教授(以下、敬称略):もともとバラ科の果樹(梅や桃)やアスパラガスの連作障害を研究している際に、土壌改良材として使用し始めたのが活性炭です。2005年頃、有機塩素系の発がん性物質を含む農薬が殺虫剤として使用されており、その残留農薬が社会問題となりましたが、活性炭を利用して発がん性物質を吸着することに成功したのです。

また、和歌山県にある梅の研究所の相談を受け、間伐材(杉、ヒノキ、竹、梅)を様々な方法で焼き(800℃程度)、改良材として施用する研究を通じて炭素量の計算を始め、今に至ります。

菊池:バイオ炭投入による効果や土壌微生物との関係性についてお教えください。

西原:バイオ炭は、製造する原料あるいは炭化温度、施用量によって、作物の生育および収量に及ぼす効果が異なります。一般的に、バイオ炭のpHはアルカリ性を示すものが多いため、土壌pHが低いアフリカの農耕地へのバイオ炭投入は、作物生育および収量に対する効果が高いと考えます。その理由は主に土壌pHの改善、保水性や通気性の改善、そして炭化温度にも依存しますが、バイオ炭自体に含まれている無機成分の溶出などが考えられます。

また、土壌微生物相はバイオ炭の投入によって大きく変化すると言われています。例えば、低温炭化バイオの施用は、微生物群相の組成に変化を引き起こし、細菌に対する真菌の比率やグラム陰性菌に対するグラム陽性菌の比率を増加させるという報告があります。またバイオ炭施用によって土壌微生物群相の増加から微生物バイオマス炭素の増加は認められていますので、土壌炭素蓄積でいえばバイオ炭施用は大きく貢献していると言えます。

一方、バイオ炭施用量が多くなると、バイオ炭による炭素蓄積量は多くなりますが、バイオ炭に含まれる微生物に対して阻害する有毒物質、土壌微生物の炭素利用を制限する土壌C:N比の増加を引き起こすこともあり、すべてのバイオ炭が土壌の物理化学性を改善させ、作物生産量を持続的に再生させるわけではないことには注意が必要です。

収穫後に残ったメイズ(トウモロコシ)の葉茎からバイオ炭を作る様子(University farm of Uganda Martyrs University, Ngetta Campus in Lira city, Uganda)(西原教授ご提供)

コミュニティーの農産廃棄物を利用し循環型農業へ

菊池:(アフリカにおいて)バイオ炭の材料はどのようなものが最適なのでしょうか。

西原:アフリカの国々によって異なります。私は、常に社会実装を考慮してバイオ炭の材料を選んでいますので、使用するバイオ炭の材料は常に農産廃棄物となります。

水稲が多い地域ではもみ殻が、木くずなどが多く廃棄されている地域では木くず、コーヒー産地ではコーヒー殻、森林や果樹から廃棄される剪定枝、放牧が主であれば家畜糞でもバイオ炭の材料になると考えます。しかし、こうした農産廃棄物に別の付加価値がついてしまった場合、バイオ炭としての利用が難しくなる可能性もあります。例えば、ある開発途上国では、火力発電所の着火材としてもみ殻が利用される可能性があり、その場合、農産廃棄物としてのもみ殻の㎏単価が高騰する可能性があります。単価が高くなれば、バイオ炭としての利用は難しくなると考えます。

私は未利用な農産廃棄物をそのまま廃棄するのでなく、バイオ炭に再利用して農耕地へ施用することで、その地域の農耕地の土壌有機炭素の増加などによる土壌改良が実現でき、さらには循環型の持続可能な農業を推進できると考えています。
 

バイオ炭による土壌カーボン増加で、収量改善に期待

菊池:アフリカの土壌は古く、また気候的に有機物の分解が早いため、土壌改善が難しい地域だと認識しています。バイオ炭によるアフリカの土壌改善の可能性についてご意見を頂けますか。

西原:確かにアフリカの土壌に有機物を投入しても、有機物分解の速度が速いため、土壌中への土壌炭素は蓄積が難しいといわております。一方、農耕地へのバイオ炭施用はバイオ炭自体の炭素は分解されず、土壌中に炭素として隔離状態になっておりますので、土壌有機炭素の増加が期待されます。また、土壌中に多くの炭素が蓄積できれば、近年アフリカの乾燥地域の国々で頻繁に発生している干ばつによる作物収量の低下を軽減することに大きく貢献できると考えられています。

その理由の1つは、土壌有機炭素が水分保持と多孔質な土壌構造の発達に寄与するため、干ばつ時にも作物が土壌から水をある程度吸収できるからだと言われています。一方、バイオ炭の使用がむしろ、土壌の気相や有効な水や養分、土壌微生物活性化のような本来の土壌特性を変化させ、収穫後の作物残さのすき込みによって蓄積される天然由来の土壌炭素を減らしてしまうという報告もありますので、長期的にはバイオ炭施用による有機炭素と、本来地域で栽培されてきた作付け体系で増加と減少を繰り返してきた天然由来の有機炭素の関係と作物生産の関係を明らかにしていく必要があると考えます。しかしながら、今のところバイオ炭施用は、土壌有機炭素量の改善以外にも物理化学性の改善効果の可能性は大きく、最終的には作物収量の改善に大きく影響を及ぼすと言えます。

【後編】に続く・・・


【後編】鳥取大学農学部 西原英治教授にお聞きしました~バイオ炭のポテンシャルとアフリカでの普及可能性~

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